自由には責任がつきもの、という言葉があるように、世の中好き勝手にやったことには、何かしらの後始末をしなければならないケースがほとんどである。例え自身の感情に整理がついていなくても、世の流れというものは待ってはくれない。
かくいうバーナビーも例に漏れず、昨日の人質事件で上からの指示を待たずに行動したことについての事後処理に追われていた。

正直なところバーナビーは、あの日が撃たれた直後の自分の行動をはっきりと覚えていない。
が倒れたのを見て犯人の男に対して激しい怒りを抱いたことは覚えている。けれどそれから虎徹に自身の名前を叫び呼ばれるまで、無意識のうちに行動していて――
能力を発動し、現場に突入して男に思い切り一撃喰らわせたという自分の行動を、HERO TVのクルーが撮影した映像を見るまでは信じられなかったほどである。
バーナビーのその一撃によって気絶した犯人はそのままあえなく逮捕、後に聞けば肋骨も何本かいっていたらしいが、バーナビーからしてみればその程度で少しほっとしたくらいであった。
追って現場に入った虎徹が保護した人質の一家3人も、特に父親の怪我は酷いものだったが、命に別状はなかったという。

――それよりも。

虎徹に呼ばれ振り向いたときの、血を流し倒れるの姿を思い返して、ぞっとする。
血の気の引いた顔で目を覚まさない彼女が、もう二度とその目を開けないのではないかとさえ想像してしまってどうしようもなく取り乱した。
致命傷と呼ばれるような位置に銃創はなかったが、それでも銃で撃たれるのは軽い怪我では済まない。

すぐにでも病院に駆けつけたいのに、事後処理と元々のスケジュールの忙しさもあってそれもできないのが心苦しい。
バーナビーがアポロンのヒーロー事業部でまたひとつ書類とにらめっこをしていると、彼に比べて幾分か時間に融通のきく虎徹がぱたぱたと小走りで入ってくる。

「全治3週間だってよ」

ほっとしたような顔で告げる虎徹につられるようにして、バーナビーも安堵の息をもらした。



#11



それでも結局、バーナビーが時間を見繕っての入院した病院に訪れることができたのは、事件から3日後のことだった。
無事であるとは言われたものの、自分の目で見た最後の姿が倒れたときの姿だったのだから、バーナビーとしてはちゃんと彼女の無事を確認したかった。
仕事を放り出してでももっと早く来たかったが、あれ以上アニエスの怒りを買ってしまっては今後に影響しかねない。あの時は青年にああ言っておいてなんだが、自分もある程度は自分が大事みたいだと気付いて自嘲するように笑った。

面会者用の入り口はひっそりと静まり返っている。見舞いの手続きを済ませて、虎徹から聞いたのいるフロアに上がってみると、そろそろ名前を知ってもいいほど顔を合わせている件の青年がいた。休みの日なのか、私服姿だ。彼はバーナビーに気付いて、気まずそうな表情をしながらも声をかけてくる。

「…やあ」
「…どうも」

バーナビーとしては特に彼に話すことはなかったのだが、向こうはそうではないらしく、何か言いたそうにその場に留まっている。じっと彼の言葉を待っていると、未だ居心地悪そうにしながらもやがて口を開いた。

「…そういや、ちゃんと話すのは初めてだよな。ジュリアンだ。よろしく」

遠慮がちに差し出された手を握り返しながら、バーナビーです、とだけ言うと、まあ知ってるんだけどな、と苦笑する。

からも話には聞いてた。…この間は、ありがとな」
「…いえ、僕は…自分のやりたいことをしただけですから」
「…そうか。でも、それができるのはすごいよ。俺は…」

その後に続く言葉は、ジュリアンの口からは出て来なかった。曇った顔が、彼の後悔を物語っている。

「…俺さ、とは警察学校の同期だったんだ。結構気が合って、一緒にいると楽しかった。訓練の合間とかに顔見れば元気出たしさ、…好きだったんだ」

ぽつりぽつりと呟いた彼は、最後の言葉を絞り出す頃には俯いていた。声が少しだけ、震えている。

「…悪い、引き止めて。早く、行ってやってくれ」

ジュリアンは俯いたまま、バーナビーにそう言って、足早に去ってしまった。
思わず後ろ姿を目で追うと、彼が手で顔を拭っているのが見え、…彼の中で、何かしらが区切りを迎えたのだとバーナビーは察する。

「……ありがとうございます」

聞こえていないだろう小さな声で、彼の背中に向かって小さく零した。
自分も区切りをつけなければいけない時がやってきたのだと感じながら、バーナビーはその足をのいる病室へ運んだ。



ドアを軽くノックすると、「はい」と幽かな返事が中から聞こえ、バーナビーは少しだけ胸を撫で下ろす。ドアを開けた先の個室では、ベッドに横になったままのが顔だけをこちらに向けていて、バーナビーを目にすると少しだけ驚いた様子で「バニーちゃん、」と彼の名を呼んだ。

「すみません、来るのが遅くなってしまって」
「ううん、いいの。…えっと、ごめんね、まだちょっと起き上がれなくて」
「構いませんよ、身体のほうが大事ですから」

ベッドサイドの側の椅子に腰をかけて、バーナビーはの顔を見る。やはりまだ、どこか顔色が悪い。けれどあの日よりは血の気が戻っているし、こうしてと面と向かって喋れている事実がなにより嬉しかった。

「…貴女が、生きていてくれてよかった…」
「…おおげさだなあ」

の顔がへにゃりと歪む。笑っているのに、どこか泣きそうな、そんな顔で。
バーナビーも、鼻の奥がツンとするのに気付いて、必死にこらえた。彼女の前で、こんなみっともない顔はしたくない。

束の間、不意にどちらも無口になった。
が首を動かして、天井を見る。ほどなくして彼女は静かに言葉を紡ぎ出した。

「…前にちょっと言ったけど、私、事件で両親亡くしてて」
「…はい」
「現場にいたんだ、そのとき。隠れてろって言われて、隠れることしかできなくて」
「……」
「目の当たりにしちゃってさあ、…犯人も、その場で自殺しちゃって」

おもむろに語られる彼女の過去に、バーナビーはかける言葉を見つけられない。上手く相槌をうつこともできないまま、ただの話を聞くことしかできなかった。

「私から色んなものを奪った理由も訊けないし、復讐することもできない。どうすればいいのか、全然わかんなかった」

はバーナビー側の手を顔を隠すようにかざす。彼女の白い手が、声が、小刻みに震えていた。

「…ずっと、居場所なんてなかった。いっそお母さんとお父さんのところに行きたいって、思ったことだってある」
「……」
「…撃たれたとき、やっと2人のところに行けるのかなって、思った。…けど違った。また、助けられちゃった」

彼女の言う「また」が、きっと以前虎徹に助けられたという時のことなのだろうと、バーナビーはふと思った。その時も彼女は、こうして両親を想って生きることに胸を痛めたのだろうか。

「…もしかしたら私、死に場所を探してたのかな」
「…そんな、」

「…私がいなくなったって、誰も困りはしないのに…」

そう言ったの頬を、一筋の涙が伝った。
バーナビーは顔を隠していた彼女の手をとると、壊れ物でも扱うかのように優しく握る。
覆いを外されたが呆然とした様子でバーナビーを見るのを、真っ正面から受け止めてバーナビーは言った。

「…そんなこと、言わないでください」
「……」
「貴女がいなくなったら、僕は何を楽しみにこの先過ごせばいいんです?」

どことなく、冗談めいた響きにも聞こえる。だが、間違いなくバーナビーの本心だった。
ぽろ、と見開かれたの目からまた涙が零れる。笑おうとしているのか、彼女の顔がくしゃりと歪んだ。

「…だから、おおげさだよ」

そうやって言うと、は堰を切ったように泣き始める。
バーナビーはの手をそっと握りしめたまま、黙って彼女の側に居続けた。





しばらくして、話し疲れたのか泣き疲れたのか、はすやすやと寝てしまった。
相変わらずバーナビーと繋がれたままの手はほんのりと暖かい。そのことが何よりもが生きている証拠である気がして、バーナビーの胸を締め付けた。

「…大げさなんかじゃない。貴女がいない日々は、もう考えられそうにない」

寝ている彼女に、改めて思っていることを言い直す。少しだけの手を握るバーナビーのそれに力がこめられた。
が、は目を覚ます気配も見せずに規則正しい呼吸を繰り返している。

いつから自分の中で、こんなに彼女の存在が大きくなっていたのかも定かではないけれど、失うなんてことはもう想像すらしたくないのだ。明るくてお人好しで、その反面深い闇を抱えたという一人の少女を、今度こそ自分がそばにいて、守っていきたい。
願わくば彼女の中でも自分の存在が大きいものになっていればとも思うが――そればっかりは、彼女自身に訊いてみなければわからないことだった。

気付けば見舞いに来てから結構な時間が経っていた。まだのそばにいてやりたかったが、残念なことにバーナビーは暇ではなかった。
バーナビーは名残惜しそうに握っていたの手を離すと、音をたてないように椅子から立ち上がる。

「……」

何気なく、穏やかに眠る彼女の薄く開いた唇に目がいった。
バーナビーは誘われるように自身の唇を寄せ、おとぎ話の目覚めのキスにならないよう祈りながらとの距離を埋める。

「…おやすみなさい」

彼女の顔のすぐ近くでそう一言だけ呟いて、バーナビーは病室をあとにした。