ヒーローは24時間年中無休、とまではいかないが、いつ呼び出しがかかるかもわからない特殊な職業である。ヒーローたちが素顔の生活の中で何をしていようと、どんな状態であろうと事件というものは無情にも起きるものだ。番組こそ視聴率などを考慮して深夜に放送することはほとんどないものの、ヒーローたちの出動は夜が更けていても行われているのがここシュテルンビルトの常である。

との食事の約束をした後、バーナビーを現実に引き戻したのは、帰宅し家で過ごしているときに鳴り響いたPDAのけたたましいコール音だった。

一般的な商店はすでに閉店を迎えている時間帯だったが、それでもシュテルンビルトという街はそこかしこが光り輝いている。この街ではたとえ街灯もないような暗い路地であったとしても、そこが事件現場になったならば警察のパトカーや、HERO TVが辺りを賑わし明るく照らしてしまうのだ。

ただし、状況によっては必ずそうなるとも限らない。

バーナビーたちが現場に着いたとき、光っていたのはパトカーの赤いランプだけで、HERO TVのヘリの眩い照明はおろか、クルーの黄色い上着すら見つけることはできなかった。

「待機?」
『ええ。指示があるまではトランスポーターの中で待機』
「どういうことだ?」

バーナビーと虎徹はインナースーツ姿で、首を傾げて顔を見合わせる。
HERO TVのプロデューサーであるアニエスは、虎徹の言葉に直接は答えず、事件の概要をひとまず話し始めた。

『今回は所謂立てこもり事件よ。犯人の男は1人。拳銃を所持しているようね。今現在、立てこもっている民家の家族と、警察官が1人、人質にとられているわ』
「警察官が?」
『…そこが面倒なのよ。身内が人質な以上、できれば警察だけで処理したいんですって』
「で、なんでまた警察官が人質に?」
『なんでも警察に恨みがある犯人らしくてね』

犯人は警察に対し無茶な要求をし続けているとも言う。
それにしたって警察官が易々と人質にとられるというのも如何なものか、というバーナビーの考えを見透かしたように、アニエスが話を続けた。

『警察官のほうは、職務質問の際に不意打ちに遭ったんじゃないかっていう話よ』

続けてアニエスの口から告げられた、予想だにしていなかった新たな事実に、バーナビーと虎徹の動きが固まる。


『女性一人じゃさすがに対処できなかったのかしらね。人質にとられているのはウエストゴールドの交番勤務の警官、名前は――



#10



体中の血液が熱く煮えたぎるようなその感覚に、バーナビーは覚えがあった。約半年前――ジェイク事件の時、親の仇であるジェイクその人と対面した時の感覚によく似ていた。
バーナビーは普段、どちらかといえば理性的に行動する人物である。が、感情的になりやすいという短所も持ち合わせているのは、自他ともに認められつつある事実でもあった。

『バーナビー、ちょっと待ちなさい! まだ指示は…』
「そんなの待っていられる状況じゃありません!!」

アニエスの制止も聞かず、スーツを着用したバーナビーは血相を変えてトランスポーターを飛び出そうとする。
トランスポーター内に映し出される、密かにHERO TVのクルーによって撮られた現場の映像には確かに窓の外に向かって叫ぶ犯人らしき男と、人質らしき影が映っていた。人質たちは座らされているのか、その映像ではうまく確認ができない。

つい数時間前、バーナビーの前で笑っていたはずのがそこにいるのだと、信じたくはなかった。

――虎徹さんにはナイショね?

いたずらっぽく笑う彼女の姿が、まだ鮮明に思い出せるというのに。
どうして、どうして彼女が。
ぎり、とバーナビーは強く唇を噛む。

「バニー、」
「止めないでください」

バーナビーを追いかけるように慌ててスーツを着た虎徹が彼を呼ぶが、彼は虎徹を振り返ることもせず強く言い放った。「落ち着け」虎徹はそんなバーナビーの肩に手を置いて、限りなく冷静に言う。

「止めはしねぇよ。ただ今のお前は、周りが見えてなさすぎる」
「…っ、」
「だから、俺も行く。いいな」
「…はい」

コンビとしてのあるべき会話を終えると、二人はいよいよトランスポーターの外に出た。
『ちょっと…!』と狼狽えるアニエスからの通信も一方的に切った二人が、突如としてトランスポーターから降りてきたのを見て周りにいた警察官たちがざわつく。
勿論彼らがバーナビーと虎徹の行く先を遮るが、そんなことでは二人は止まらなかった。
けれど警察官たちも黙って見ているわけにはいかないらしく、今はまだ、とバーナビーたちを必死に押しとどめる。
やがて騒ぎに気付いた警察官が更に数を増やし、本格的に二人の壁となった。

「待ってください、まだヒーローに突入要請は、」
「今はまだと貴方がたは言うが、このまま警察も動かないんじゃ何の解決にもなりません。だったら、」

そこまで言ったところで、バーナビーは警官たちの中に見知った顔を見つける。
彼に会うのはこれで3度目だ。だが彼は、以前のようにバーナビーを睨みつけることもなく、むしろどこか居心地悪そうに視線を逸らしていた。

「…貴方、」

バーナビーがそう呟くと、の顔見知りの青年は少しだけ肩を揺らす。
それでもやはり、彼はバーナビーのほうを向こうとはしなかった。
その煮え切らない態度に、ふつ、とバーナビーの中に苛立ちのようなものが浮かぶ。

「…貴方はを助けたくないんですか」
「っ、」

青年はその言葉に思わず息を呑んだ。
虎徹も、周りの警察官も一体なんだと、不自然なほどに静まり、二人のやりとりを見つめる。
そうした周囲の反応は、今のバーナビーの意識には入ってこなかった。
ただ自分と同じく、を好きであろう青年の答えをくすぶる焦燥感と共に待っていた。

「…俺だって、助けたい。けど、それだけじゃどうにも、」

ぽつりと、彼は震える声で吐露した。
彼が言いたいことは、バーナビーにもなんとなく理解できる。
どんなに親しい相手が事件に巻き込まれていても、警察官である彼は、所属している組織の命にそう簡単に背くわけにはいかないと、そういうことなのだろう。

――結局彼女より自分の立場のほうが大切なんじゃないか。
フェイスマスク越しに、バーナビーは彼を鋭く睨んだ。
やっていられないと、バーナビーが動こうとしたその瞬間、不気味な静けさを保っていた現場が騒がしくなる。
警官たちが動揺したのをいいことに、バーナビーたちは制止を振り切って現場の様子が見える場所へと駆け出した。

未だ大きく開かれた窓の中、いつまで経っても動かない警察に痺れを切らしたらしい犯人が、その場にいる全ての人に見せつけるように、人質の子供へと銃を向けている。
やめろ、直ちに銃を下ろせと、犯人の説得にあたっていた警官が拡声器越しに慌てたような口調で言うが、それを男が素直に聞くはずもなかった。
震えながら涙を流す子どもを、拘束された身であるにも関わらず、父親が決死の思いで庇おうと犯人の前に立ち塞がる。
そんな父親を犯人は殴りつけ蹴り上げ、どんどん疲弊させていく。母親も涙を流しながら子供に寄り添うので精一杯のようだった。
このままでは本当に死んでしまいかねない。
だというのに、男は止めを刺すかのように、持っていた銃の撃鉄を起こした。

黙って見ていられるかと、バーナビーは現場に飛び出そうとする。しかし、再び集まってきた警官たちに抑えられた。
止めるなと何度言っても、警官たちは応じない。このままでは、誰かが犠牲になってしまう。
子供の目の前で親が殺される、自分と同じ悪夢のような事件として終わってしまうかもしれないというのに。

「離せ!」

バーナビーが警官たちに一喝するのと同時に、現場の中から「やめて!!」と叫び声が聞こえた。
続けて、銃声。

「……あ…」

バーナビーをはじめ現場にいた全員が目にしたのは、力を振り絞って、親子の前に飛び出したが凶弾に貫かれるところだった。
重力に従って、の体がゆっくりと崩れる。

どうして彼女が。

!!」


バーナビーのその悲痛な叫び声に、返ってきたのは男の下卑た高笑いだけだった。