未知の力を持ったヒーローたちによる大捕物が、輝き続ける街シュテルンビルトに根付いて久しい。残念ながら万人に受け入れられているわけでもないし、NEXT差別も犯罪もこの街からなくならないがそれでも、今この街においてのヒーロー人気はすさまじかった。
一時期ルナティックや、ジェイクといったヒーローとは相入れない者たちによって揺れ動いた時もあったが、シュテルンビルト市民はその時彼らを疑ったことも忘れて、今日もヒーローたちによるショーを楽しむのだ。

この日も2件ほどヒーローが出動する事件があった。ヒーローたちが無事犯人を確保し、またひとつ街の安全に貢献して一息ついた頃には夜の9時を回っていた。
ヒーローとしての今日の仕事をようやく終えた虎徹とバーナビーが揃ってアポロンメディアから出てくると、タイミングを見計らったかのように二人の腹の虫が同時に鳴く。

「あ〜…腹減ったあ〜…」
「立て続けでしたからね」
「おー、…なんか食いに行くか?」
「いいですよ」

虎徹は少しだけ驚いた顔でバーナビーを見てからよっしゃ、と笑った。
こうして虎徹がバーナビーを誘うことは珍しくない。ただバーナビーのほうが誘いに乗るのは、コンビを組んでからそう多くなく、むしろ断られる頻度のほうが多いほどだったのだが、近頃の彼は今のように二つ返事のごとく了承することも増えてきた。
組んだ当初からは想像もつかないほど丸くなってきているのは、彼の中で、様々なことが変わりつつあるからだというのを虎徹は確かに感じていた。
どの店がいいか、何が食べたいかとそんな何気ない問いに言葉が返ってくる、たったそれだけだが彼にとっては喜ばしい傾向が出てきていることに、虎徹はまた笑った。


#05


シルバーステージにある虎徹お気に入りの小料理屋にしようということでまとまり、二人が一つ階層を降り店に向かう道を歩く最中、虎徹はあまりこのあたりでは見かけたことのない顔を見つけ、声をかける。

?」
「あれ、虎徹さん、バニーちゃんも」

いつもの警察官の制服姿ではなく、私服姿で夜の街を歩いていたは、虎徹と同じくこんなとこで会うとは思わなかったといったきょとんとした顔で二人を見る。
そもそもこうして偶然街中で出会うことも、以前からの付き合いである虎徹にとってもあまりないことで、と虎徹は似たような顔で目を瞬かせた。
バーナビーはバーナビーで、こうして私服姿のに会うのは初めてだったため、物珍しそうな顔でを見る。制服のときもそれなりに着崩してはいるようだったが、やはり私服だとカジュアルな印象が強い。
しかし前に会ってから、そう日は経っていないというのに、よく会うものだと、バーナビーは思う。

「こんな所で何してるんです?」
「今日オフだったから買い物とか、色々。そっちは?」
「さっき終わって飯でも行くか、ってとこだ」

へえ、とが言った直後に、街の喧騒に紛れてくう、と小さな音がした。とっさに腹部に手を当てて恥ずかしそうな顔するを見て、虎徹とバーナビーは顔を見合わせてから笑う。
どうやら腹を空かせているのは、彼ら2人だけではなかったらしい。

「一緒に来るか?」
「…行く」

彼女はらしくない小さな声で答えて、拗ねたような顔で2人を見上げた。



いつもの交番の真っ白なデスクではなく、焦げ茶の温かみのある木のテーブルを囲みながら、それぞれがビールを、ワインを、そしてノンアルコールのカクテルを飲む。構図としては交番にいる時とあまり変わらないが、なんだか妙な違和感のある状況のように感じる。

「そういえばさっき街頭でHERO TV見たけど、夕方とかじゃなかった?」
「あー、そのあとにもう1件あったんだよ。な?」
「はい。中継してたのは最初の事件のほうだけだと思います。その後のは後々放送するんじゃないですかね」
「へー…。私あんまりHERO TV見られるわけじゃないけど、見るとすごいよなあっていつも思うよ」
「そーか?」
「うん。NEXT能力関係なくさ、ああして体張って人を助けるなんて、早々できることじゃないよ」
「けど、お前だって警官として日々頑張ってんじゃねーか」
「危険の度合いが違うってー…。あ、そういや今日バニーちゃん活躍してたね」
「大したことないですよ」
「想像以上にかっこよかったから思わずバニーちゃんのカード買っちゃったよ〜」
「俺のは?」
「虎徹さんのは何枚も持ってるもん」

バーナビーはの子どものようにコロコロと変わる表情を見て、飽きない人だ、と思う。
なんてことないような話だが会話を途切れさせることがほとんどなく、虎徹のくだらないような些細な話にも大口開けて笑うし、バーナビーにもよく話をふってくる。
たとえバーナビーが上手く返せずとも、それに対して嫌な顔ひとつせずに笑って返す彼女の人柄は何度触れてもあたたかい。



羽目を外しすぎた虎徹が飲み過ぎて眠りに落ちてしまっても、「仕方ないなあ」と眉を下げて優しげに笑うだけだった。

「タクシー呼んでもらおっか」
「そうですね。…全く、手間のかかる人だ」

会計を済ませバーナビーが虎徹を担いで店を出る。意識を失っている人の身体というものは想像以上に重い。かといってに手伝わせるわけにもいかず、タクシーが来るまで、と気合いを入れてバーナビーは力を入れた。

「貴女家は、」
「私? イーストブロンズ。中央寄りだけど」
「ブロンズなんですか」
「うん、まあ一人暮らしだし、家賃安いからね」

3つの階層に分かれているシュテルンビルトの中で、最も治安が安定していないのは最下層であるブロンズステージだった。のような若い女性が一人で住むにはいささか懸念の残るエリアのようにもバーナビーは思う。

「職場ほとんど真逆じゃないですか。遠くありません?」
「どうだろ。通勤いっつもバイクだし、走るの好きだから苦に感じたことはないなあ」
「なるほど…、でも今日はバイクじゃないんですね」
「今日はそういう気分だったの。でも置いてきて正解だったね」

そんな会話をしたところでちょうど2人の前にタクシーが止まり、ドアがこちらに向かって開いた。虎徹を支えたバーナビーが後部座席に、が助手席へと乗り込む。虎徹の家の辺りをが運転手に告げると、小さく返事をした運転手がアクセルを踏んだ。

「虎徹さんの家、ご存知なんですね」
「え? うんまあね、色々世話焼いてくれるし、住所はほら、年賀状出したから」
「年賀状?」
「ニューイヤーズカード。知らない?」

相手の顔を直接見る代わりに、バックミラー越しにお互いの顔を見る。どこかきょとんとした顔のバーナビーの横で、小さく唸りながら眠る虎徹を見て、は思わず苦笑した。



助手席に座るは、虎徹の家に着くまで道案内とたわいもない世間話を交ぜつつ、運転手と談笑していた。
位置の関係上仕方ないとはいえ、後部座席とは壁のようなものがあるように思えて、バーナビーとしては少し面白くない時間だったのだが、それも虎徹を送り届けるまでの間にすぎなかった。
目的地に着きバーナビーが虎徹を起こし、ふらつきながらも「わりーなー」とへらへら笑って家に入っていったのを見届けると、が助手席から今まで虎徹がいた場所へと座る場所を移した。今度は運転手に自分の家の位置を伝えると、ふう、と小さく息を吐いてがシートに体を預ける。

「疲れました?」
「えっ?ううん、楽しかったよ。欲しかったもの買えたし、バニーちゃんたちとごはん食べられたし、いい1日だったかも」
「欲しかったもの?」

買い物をしていたとは言っていたが、何か買ったにしてはの手荷物はあまり多くない。バーナビーが繰り返すように問うと、は急にぱっと明るい笑顔になって「そう!」と勢い良くバーナビーの方を向いた。

「バニーちゃん用のマグカップ買ったの!」
「え?」

はきらきらと目を輝かせながらバーナビーを見る。バーナビーは嬉しくて仕方ないといった様子ののテンションについていけないながらも、どこか満更でもない気持ちである自分に気付きむずがゆい心地になる。「だから、」といるときはどうも、自分の感情を持て余してしまう傾向にあるのは、バーナビーもそろそろ気付いていた。

「次来るときは楽しみにしてて」

そう言っては顔を綻ばせる。
一瞬時が止まったかのように固まったバーナビーもつられるように笑って、「期待しておきます」と一言返した。

タクシーが止まり、着きましたよ、と運転席から声がかかる。
「じゃあまた今度、」と言ってドアを開けたがバーナビーに背を向け、降りようとその両脚を先に外へ出した。思えばをこうして見送る立場になるのは、バーナビーにとって彼女と出会ってから今回が初めてのことだった。



名前を呼ばれ、ぴた、との動きが止まる。上半身を捻ってバーナビーのほうを振り向いた彼女は心なしか驚いた顔で、続くであろうバーナビーの言葉を待った。

「…今日は楽しかったです。おやすみなさい」
「…おやすみ」

バーナビーの言葉を受けて彼女はへにゃりと困ったように笑って、今度こそタクシーを降りた。
車のガラス越しに遠ざかるの姿を見ながら、バーナビーは運転手に自宅を告げて静かに目を閉じる。
バーナビーが微かに笑っているのは、ミラー越しに彼を見た運転手だけが気付いていた。



(…そういえば、彼女の名前を呼んだのは初めてだったかもしれない)