名前が売れる、顔が売れる、自分の能力を生かせる。ここシュテルンビルトでのヒーローという仕事は、バーナビーにとって利のある仕事と言って差し支えなかった。しかし、親の仇であるジェイクとの件が終息した今、その仕事の捉え方もまた変わってきていたし、変わっていかねばならないと彼は思っている。そしてあの1件以来、シュテルンビルトでバーナビーの人気が更に上昇したことも相まって、ヒーロー本来の仕事であると虎徹が熱く語る救助活動よりも、TVや雑誌の取材が増えてきたというのもひとつの事実であった。
この日、朝から入っていた取材を終えたバーナビーは、少し早めの休憩がてらのんびり歩いてトレーニングセンターのあるジャスティスタワーへ向かおうとしていた。
しかしその途上でばったり、彼女――まだ会う回数としては互いに3回目の、虎徹の顔馴染み、に出会った。

「あ、バーナビー」
「どうも」

今まで交番の中でしか彼女を見ていなかったが故に、外でこうして制服姿で働く彼女を見るのはどこか新鮮だった。おそらくパトロール中とでもいったところだろうか。しかしそれ以外にも、今日の彼女には違和感があった。まずバーナビーとしても不本意ではあるが、が彼を「バニーちゃん」と呼ばないこと。それからこれが最もわかりやすく異質である要素で、の左手には、5歳くらいの少年の手の右手がそこに収まっていた。いわゆる手を繋いでいるという状態で、泣いたばかりといった顔の少年はおそらく迷子か何かだろうと予測できる。

「その子は?」
「お母さんとはぐれちゃったんだって」

やはり迷子だったようだ。短い癖っ毛のブロンドの髪を持った少年は、の言葉で母とはぐれたことを再認識したらしく、青い瞳を潤ませる。はそれに気付くと、しゃがみこんで少年の頭を撫でた。

「ごめんね、お母さんは絶対見つけるから」
「うん…」

少年は盛大な音をたてながら鼻をすすって、不安そうにを見る。
よしよし、と少年をあやすは、面倒見のいいお姉さんといった感じで、彼女をやや幼く見ていたバーナビーはその認識を改めた。この間女性に道案内をしていた時といい、おそらく困っている人は放っておけない性質なのだろう。つくづく誰かさんに似ていると、バーナビーは思う。

「ごめん、じゃあ私…」
「手伝いますよ」
「え?」
「その子の母親探し。手伝います」

母親探しに戻ろうと立ち上がるを引き留めると、彼女はびっくりした顔でバーナビーを見る。そんなに驚くことかと、バーナビーは一瞬眉をひそめるが、彼女の隣の少年もまた口をあんぐりあけてこちらを見ていた。お前もか、と思ったのと同時に、少年が小さな声で、「バーナビーだ…」と呟く。少年は今更、自分の目の前にいるのが本物のヒーローであると気付いて驚いているようだった。

「でもバーナビー、時間とか…いいの?」
「大丈夫です、これからトレーニングに向かうだけだったので」
「…そう?…ありがと、」

今度はふわりと笑うに、バーナビーがぎくりとする番だった。そんなバーナビーをよそに、は再び少年の側に座り込んで、「やったねえアダム、バーナビーが一緒にお母さん探してくれるって!」と意気揚々と話しかけている。「ほんと!?」と顔を綻ばせる、アダムという名の少年と共に無邪気に笑い合う姿には、先ほどの大人びた笑顔の影は見当たらなかった。アダムの期待に満ちた目と、彼の隣で嬉しそうに笑うが揃ってバーナビーを見る。バーナビーは溜め息をひとつ零すと、メガネを指で押し上げて言った。

「当然です。ヒーローですから」


#03


それから10分ほどしたところで、アダムが疲れてもう歩きたくない、とごねて、仕方なしにバーナビーがアダムを抱きかかえて母の捜索を続ける形となった。私が抱っこしようか?と最初は申し出ただったが、アダムが眠りについて余計重くなったように感じる今、彼女に任せなくてよかったのでは、とバーナビーは思う。それに普通に考えて、こういう力仕事は男の仕事だろうともバーナビーは考えていた。バーナビーの肩の上ですやすやと寝息をたてるアダムとそれを抱えるバーナビーを見て、がふふ、と笑みを零す。

「なんです?」
「いや、そうしてるとなんか、親子みたいだと思って」
「…何を言い出すかと思えば…」

はあ、とこれ見よがしにバーナビーはを見て息を吐いた。それでもは相も変わらず笑顔を返してくる。

「前から思ってましたけど、」
「何?」
「貴女、なんだか虎徹さんに似てます」
「え?そうかなあ」

指を口元に当てて考え込む彼女は「でも悪い気はしないかも」と呟いた。正義の壊し屋、盛りの過ぎたヒーロー、散々な言われ方をしてきている虎徹に似ていると言われて機嫌を損ねるどころかどこか嬉しそうなは、相当なワイルドタイガー信者のひとりであると伺える。以前、何度も助けてもらったことがあるとも言っていたことだし、当然のことであるのかもしれない。

「そういえば私も前から思ってたんだけど、」
「なんですか」
「バニーちゃん、なんで私に敬語なの?」
「…ちょっと待ってください、なんで戻ってるんですか」
「なにが?」
「何がじゃないですよ、僕はバニーじゃなくてバーナビーだと何度も言ってるでしょう」
「ああそれね、だってほら、子供の前ではちゃんと呼ばないとイメージダウンじゃない。ヒーローとして」

どこか得意げに話すの理屈は、どうもバーナビーには理解し難かった。こちらを気遣っているんだかいないんだかよくわからない。呼び名に関する妥協は覚悟したものの、いざ正しく呼ばれた後にまた直されるとどうにも腑に落ちなかった。少し騒がしくしすぎたのか、バーナビーの腕の中のアダムがもぞ、と身じろぎする。眠そうな声で、おかあさん、とつたなく紡いだ彼の頭を、慈しむようにが2度撫でた。その表情は先程バーナビーに見せた笑顔とは少し毛色が違ったが、いつもの活発な姿からは簡単に想像できない大人びたものであることには変わりなかった。バーナビーは視線を逸らすように巡らす。ふと、こちらに駆け寄ってくる女性の姿が目に入った。

「もしかして」
「え?」
「アダム!!」

が状況を把握するより先に、女性が遠くから声を上げる。距離も離れていて、バーナビーに抱きかかえられていてしっかりとは見えないであろうに、間違いなく名前を呼んでくるその女性は、アダムの母親で間違いないようだった。彼女は3人の前まで来て立ち止まる。息を荒げながらも、しっかりと息子を見てから、困惑した表情のままとバーナビーを見やった。

「あ、あの、」
「アダム君のお母さんで間違いないでしょうか」
「はい、あの、警察官の方ですよね、すみません、うちの息子がご迷惑を、」
「いえ、当然のことをしたまでですので。お母さんが見つかってよかったです」

受け答えをするは、やはり社会人といったところか、戸惑うこともなく頼もしい。バーナビーは未だまどろみの中にいるアダムの背を軽く叩くと、「お母さん、見つかったぞ」と小さい声で言う。アダムはややぼんやりした顔で、おかあさん、とまた母を呼んだ。アダムの母親はそれを見て心底ほっとした顔で笑う。バーナビーとも、つられるように笑った。




「本当にありがとうございました」
「ちゃんと目を離さないであげてくださいね」

バーナビーに代わりアダムを抱きかかえた母親が去って行くのを2人で見つめる。ある程度離れたところで、ふう、と同時に溜め息をついた。あまりにタイミングが同じものだったので、互いに顔を見合わせて笑ってしまう。

「見つかってよかったですね」
「ほんとにねー…。バニーちゃんありがと、なんか奢ったげる」
「いいですよ別に。大したことはしてませんから」
「遠慮しないでよ。時間はあるんでしょ」

まあそうですけど、と返そうとしたところで、に腕をとられる。

「行こ!」

さも嬉しいと言わんばかりに引っ張ってくるに、バーナビーは反論する気にはなれなかった。




(…仕方のない人だ、)