が始めて彼を見たのは、秋も深まる頃、かねてから好きだったベテランヒーローとコンビを組んだスーパールーキー、といって取り上げられていたテレビ番組でだった。

そこで見たときの印象は、あまり覚えていない。ただニュースを眺めるように単なる事実として、へえそうなんだ、と受け止めるのと同時に、ワイルドタイガーの所属が変わったのかぁ、という彼本人とはあまり関係のない、ちょっとした寂しさがあったくらいだった。

その時のはまだ虎徹とすら再会しておらず、バーナビーという新人ヒーローはあくまで別世界の人間なのだろうなと、彼女は思っていたのだ。

それからしばらくして、が虎徹と懇意になり、テレビだけでなく虎徹からバーナビーの愚痴を聞くようになり、テレビでの姿とのギャップについてを散々刷り込まれた。そういう業界の人は皆知らない一面なんてものがあるのだなあと、そんなことを思って。

次に彼女が意識してバーナビーを見たのは、あのクリスマスの日。
凶悪犯ジェイク・マルチネスの一味がシュテルンビルトを大いに混乱させていたあの日、警察官として街に駆り出されていた中ふと見上げた、街頭ビジョンでのことだった。
バーナビーが所属するアポロンメディアのCEO、アルバート・マーベリックの横に立つ彼の、知られざる過去の話。
両親を殺され、復讐を誓う悲劇のヒーロー。なるほど出来すぎたドラマのようだと頭の隅で考えながら、マーベリックとそして打倒ジェイクに燃える彼の言葉を聞いていた。

「…君はいいね」

ぽつり、思わず呟いた言葉が、その時までのバーナビーへの印象の全てだった。


「復讐する相手がいて」



♭14



ああそういえばそんなことがあったかもしれないと、は画面に映るバーナビーのヒーローデビュー1周年特集を見ながらぼんやりと思い起こす。
あの時はバーナビーと会話をすることになるとは思わなかったし、それが何度もあって友人になるだなんて想像していなかった。



ましてやこうして家に上がり込むような仲に――恋人同士になるなんて、これっぽっちも想像していなかったのだ。

どうぞ、と短く言われて差し出されたカップを受け取ると、はバーナビーに向かってありがと、と簡単に返す。
がカップに口をつけるのと同時に、画面に映った過去のバーナビーが犯人確保後のインタビューに応えた。
バーナビーの家の、壁一面に映し出される自分の姿を見ながらバーナビーは苦笑して、なんだか恥ずかしいなとぼやく。テレビに出ているのなんて今更じゃ、と思うが、それが過去のもので、しかも恋仲の人間にそれを見られるのは確かに居心地が悪そうだとは思い直した。

「…なんかさあ」
「はい」

独り言のように画面に向かって呟かれたの言葉に、バーナビーが反応する。
あんまりちゃんとした投げかけでもなんでもないんだけど、と思いながらは言葉を続けた。

「私よくバニーちゃんのこと好きになったなって」
「………………は?」

たっぷり間を置いて返してきたバーナビーは、固まったままを見るが、彼女の視線はテレビ番組の中のバーナビーに向けられたままだ。

「どういう、意味ですか」

どこか震えた声で、バーナビーが言う。
それを聞いて、なんだか意味が伝わってないなと思ったは、隣のバーナビーを静かに見上げた。
びっくりした顔のまま不安げな色を見せるグリーンの瞳に、自分がどういう思いであの発言をしたのかは、正しく映ってはいないのだろう。
は眉を下げて笑うと、実はわかりやすい市民のヒーローの頬に手を滑らせた。

「別に、ただあの時はバニーちゃんとこういう風になるとは思ってなかったなって、それだけ」
「あ、ああ…」

それでもまだ微妙に納得してない顔のままのバーナビーに、なんだかおかしくなる。
年上で、よりよっぽど人を守る力もあるというのに、思っていることが大分顔に出てしまうところなんかは、子どもっぽいとさえ思えて は笑った。
テレビの中とは大違いだなあ、と思えば思うほど、素の彼が可愛く思えて仕方ない。
前々からではあったが、 はどうも自分がバーナビーをからかうのが存外楽しいと気付いてしまった。そうして今日も、もう少し困らせてみようかななんて、ちょっとした悪戯心が彼女の中に芽生えるのだ。

「ぶっちゃけ第一印象あんまりよくなかったし」
「えっ」

また驚いた顔で固まる恋人の頬を、 はふにふにと軽くつまんでやる。
思いの外楽しくなって、 は持ったままだったカップをサイドテーブルに置くと、両手でバーナビーの頬をいじくった。
やめてください、と言われて素直に が手を止めると、バーナビーは息を吐き出してから、眼鏡のブリッジをついと指で押し上げる。

「…その話、詳しく聞きたいですね」
「第一印象って言っても、アレだよ?まだ会う前の話だから」
「会う前、ですか」
「うん。まあ勝手に抱いてた印象っていうか、そういう感じの」

よくある話だ。テレビの中と現実の姿には差があって、本人そのものをしっかり見られるというのはほぼ不可能に等しい。
の場合、バーナビーと実際に関わっている虎徹からの影響もかなり大きいのだが。
ジェイクの事件以降、バーナビーが変わった、という話も虎徹からは聞かされていた。
自身それを聞いて色々と思うところはあったが、やはり会ったことのない人物のことは、よくわからないままだった。

「テレビの印象と、あとは虎徹さんから聞いた話から想像してたバニーちゃんと、結構違ったから最初は驚いたよ」
「…あの人は…」

バーナビーは苦い顔をして から視線を逸らす。
虎徹からの話では、結局のところ手のかかる後輩という感じで、俺が気にかけてやんねーと思って云々、といったような話をされていたのを は覚えている。
実際にバーナビーに出会って、どちらかというと虎徹のほうが面倒を見られているようにも見えて笑ってしまったのは秘密だ。

「やっぱり人は実際に会ってみないとわかんないよね。…会ってたって秘密とか、人それぞれあるのにさ」
「…そうですね」

心当たりがあるからか、バーナビーがやや神妙な面持ちで返してくる。
がこうしてバーナビーと恋人になっても尚、隠しておきたいと思うことは、まだある。
それはバーナビーに親の仇が存在したということに対する羨望であったり、自分の過去に関することだったりするのだが、おいおい話すかどうかも、まだ考えている途中でしかない。
おそらくバーナビーにだって、抱えたまま見せていない部分はあるのだろう。
でもそれはお互い、ゆっくり消化し合っていければいいのだ。出会ってから今までよりも、これから過ごしていく時間のほうが長いのだから。

「…わかんないよ、だって1年前は、バニーちゃんとこうなること、夢にだって思ってなかったのに」
「…そう、ですね。僕もまさか貴女みたいな存在と出会うなんてこと、考えてもなかった」
「だから、よく好きになったなって、そういうこと」

最初に漏らした言葉を反復してみる。自分でも、その疑問に対する答えは出ない。考えても考えても、理屈では説明できないのだろうが―― 今この時点で、バーナビーが にとって大切な存在であることは、揺るぎのない事実であった。

こみ上げる想いのやり場がわからなくなって、 はその両手でバーナビーの顔をそっと引き寄せる。
こつりと額を突き合わせて、 は目を閉じた。

「バニーちゃん」
「はい」
「すき」

ふふ、と小さく笑いが漏れる。
閉じた瞼の向こうで、 はバーナビーが困ったように笑ったのを感じて、またどうしようもなく愛しくなって、笑った。


「…僕もです」



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