「バニー、行くぞ」

週に一度、大抵決められた曜日の昼休みに、虎徹がこうしてバーナビーを連れてどこかに行くのは、アポロンメディアのヒーロー事業部のオフィスではいつからか恒例になっていた。
コンビを組んだ当初に比べれば大分親しくなった2人だが、もちろん性格の違いから衝突することは少なくない。
けれどこの、週に一度の虎徹の昼の誘いをバーナビーが鬱陶しがったことは何故かなかった。それどころか、どこか嬉しそうにすら見える。
たまたま初めてそれを目の当たりにしたロイズは、珍しいなと思いながら、オフィスを出て行く彼らの背中を見送った。

今のところこのオフィスには、バーナビーの上機嫌の理由を知る者は、行動を共にしている虎徹以外、いない。



#13



「いらっしゃーい」

そうして2人が向かう先は、いつだってアポロンメディアに程近い交番だった。
毎回笑顔で出迎えてくれる彼女に会いに、2人はわざわざ会社の外に出るのである。
つい数ヶ月前はこの交番のどこに落ち着けばいいのか判断しかねていたのも懐かしいくらいだ、とバーナビーは思った。

、よかったらこれ」

バーナビーはそう言って手に持っていた小さな紙袋を差し出す。はその目をぱちりと瞬かせて不思議そうな顔をした。「なに?」きょとんとした顔のまま、が紙袋を受け取って中を見る。

「お茶です。最近話題になってるお店ものなんですけど」
「あー、なんかファイヤーエンブレムが言ってたやつかあ」

すでに椅子に座っていた虎徹がのんびりと口を出してきて、それを受けてはまた紙袋の中を覗き込んだ。

「へえー…じゃあ今日はこれ淹れよっか」

笑顔で紙袋片手に奥の部屋に行くに、バーナビーは「手伝います」、と言って続く。
別にいいのに、と彼女は笑うが、それ以上言うこともなくバーナビーと共に給湯室へと入った。

「ありがとね、バニーちゃん」

かちゃかちゃとカップを準備しながら、バーナビーの方も見ずには言う。
バーナビーもバーナビーで、茶葉が入った袋を開けながら言葉を返した。

ふと、バーナビーが作業しているの手元に視線を落とす。
今までのシンプルな黒いベルトの腕時計ではなく、淡く光るシルバーの細身の時計がそこに収まっていた。
先日、他でもないバーナビーがに贈ったものだ。
じっと手元を見続けるバーナビーに気付いたのか、は一瞬だけ手を止めて、隣に並ぶバーナビーを見上げた。

「どうかした?」
「いや…、それ、つけてくれてるんですね」
「…あ、時計? うん、まあ」

はまた手を動かし始める。自分が贈ったものを使ってもらえるのは嬉しいと同時にどこか少し恥ずかしいような気がするものだが、そっけない彼女の返事に、自分だけだろうかとバーナビーは一瞬思った。
けれど「その…」と続いたの言葉に、その態度がただの照れ隠しだとすぐ気付くのだが。

「…せっかく恋人からいただいたので、」

言ったの顔は耳まで色づくほどに赤かった。この可愛い恋人の照れる様子を見て、バーナビーの頬が緩んでしまうのも致し方ない。


すでにが仕事に復帰して2週間が経とうとしていた。
つまりバーナビーとが恋人同士という関係になってからもおよそ同じ月日が流れている。
お互い立場が立場なもので(特にメディアでの露出の多いバーナビーは)、公にするわけにもいかず、この事実を知っているのは今のところ虎徹くらいだった。
バーナビーとしては、自身の親代わりであり現所属会社の社長でもあるマーベリックにも、大切な人ができたと報告してやりたいのだが、職業の特性上別れろとも言われかねない。こちらはまだしばらく先になりそうだ。


バーナビーは赤い顔のままやや俯いたままのをそっと引き寄せ髪にやさしく口付けて、ありがとうございますと彼にしては締まりのない顔で囁いた。
余計に真っ赤になってしまったは用意してあった茶菓子をバーナビーに叩き付けるようにして渡すと、ぐいぐいと彼の背を押して部屋から追い出す。

「虎徹さんと先にそれ食べてて!!」


ばたん。
バーナビーが出た瞬間に後ろで扉が閉まった。

「なんだなんだ、痴話喧嘩か?」

冷やかすように言ってくる虎徹の正面に座って、バーナビーは軽く肩をすくめてみせる。

「ご心配なく」

あの様子だと多分虎徹さんの隣に座るな、なんてことを考えながら。