※14.5と銘打ってはいますが時系列だけという感じなので話の大筋にはさして関係ないです
「…あ」
はふと勤務する交番にあるカレンダーを見て声を漏らした。
10月も半ばを過ぎて、秋も深まりいよいよ寒くなり始めたこの時期。
以前は気にとめていなかった日付が、今の自分にはそれなりの意味を持つ日付であることに気付く。
10月31日。
付き合い始めて半年と経たない恋人が、この世に生を受けた日だった。
あと1週間ほど経てばその日が来てしまう。カレンダーが淡々と示すその事実に、はぼんやりと困惑した。
(…どうしよう、)
人の誕生日というものを、祝ったことがないわけではない。
ハイスクールにいた時分には、それこそクラスの子の誕生日パーティーだなんだと騒いだことだってある。
がしかし恋人ともなると、また話は違ってきた。
は今まで、付き合ってきた男性に自分の過去を積極的に打ち明けたことはなかった。
したところで、変に同情されるか、腫れ物に触るような扱いをされるかのどちらかで、面倒だと思われて別れることになるであろうことは、容易に想像できたからだ。
そのうち別れが訪れるとわかっているのに、わざわざ特別な思い出をつくる必要もない。
そう思っていたからこそ、は恋人の誕生日をしっかり祝う、ということはしたことがなかった。
してもせいぜい、ケーキを買ってやるくらいだった。
けれど今回ばかりは、過去のケースとは話が違うであろうとも、は理解している。
自分のことを過去も含めて真正面から受け止め、心から必要だと言ってくれた彼は、の中で一番といっても過言ではない程特別な存在だった。
――だからこそ。
「…男の人って誕生日に何が欲しいもんなんだろう…」
そんな恋人をもつ女性の初歩的な疑問に、はこの時初めて向き合った。
♭14.5
さてそのの恋人というのが、このシュテルンビルトで未だ嘗てないほどの活躍っぷりを見せるヒーロー、 バーナビー・ブルックスJr.であるのだが、彼は元々の育ちの良さと仕事の稼ぎからいって、ある程度の金額のものでも自分で手に入れることができてしまう。
変に奮発してもが自分の首を絞めるだけのような気がするし、だからといって安いものでもいけないような気がする。
まだ勤務中なため本腰を入れて考えるわけにもいかないが、がそれとなく候補を頭に浮かべてみるも、どれもしっくりこずに選択肢から消してしまう。
一人で考えているより誰かに相談するほうがいい答えも見つかるのだろうが、そういったことを相談できる存在が身近にいないのもまた事実であった。
そもそもがバーナビーと付き合っていることだって、ほとんど人には言っていないのだ。
(虎徹さんは……、…こういうの苦手そうだし)
が唯一頼れそうな人物も今回ばかりは望みが薄そうだ。
まだバーナビーと知り合う前、虎徹の愚痴のひとつとして、去年のバーナビーの誕生日の話は少しだけ聞いている。 虎徹もたいそう悩んだあげく、事件が重なって散々だったらしいし、がそう思うのも仕方のない話だった。
いっそ本人に何が欲しいか直接訊いたほうが手っ取り早い気もするが――それはそれでなんだか負けた気がする。
ううむ、と唸りながらデスクに突っ伏すと、制服のポケットに入れていたの携帯が震えた。
慌てて携帯を取り出してみると、小さなディスプレイには「バニーちゃん」の文字。
タイミングよすぎ、とは内心ぎくりとしながら通話ボタンを押した。
「もしもし?」
『どうも。今大丈夫ですか?』
「うん、大丈夫。どしたの?」
なるだけいつも通りを装って、が問うと、画面越しのバーナビーはばつの悪そうな顔をする。
『…明日なんですが、やっぱりそちらに行く暇がないみたいで』
「あー…、仕事、前より忙しそうだもんね」
バーナビーの言う明日、というのがバーナビーと虎徹が週に一度の交番を訪れる予定の日であったのだが、 近頃益々もって人気のコンビヒーローは、どうやら少しの時間も息抜きがかなわないほど多忙のようだ。
彼が仕事に追われる日々を送っているのは知っているし、仕方ないことだと納得もしている。
少々寂しくはあるが、こちらも不規則な仕事に就いている身の上だった。頻繁に会うなんてことが難しいのも、わかりきっている。
『…先週も行けなかったのに、』
バーナビーが、ぽつりとそう零した。
会えないことにより堪えているのは、どうやらバーナビーのほうであった。
「…そういうこと言わないでよ、さみしくなっちゃうじゃん」
『…寂しくなかったんですか?」
ちょっぴり拗ねたような顔で、バーナビーが聞き返してくる。
最近はTVかこうやって電話のディスプレイ越しにしか彼の姿を見ていなかった。
TVの中では格好いいヒーローを演じているだけに、今のようなどこか子どもっぽい表情をするバーナビーが画面上にいるのは、なんだか不思議な心地だ。
それよりも、先行する気持ちは、他にあるけれど。
「……バニーちゃんに会いたいなあって、思ってるよ。…今も」
普段あまり出さない本音を素直に口に出してみると、ますますその気持ちが募ってしまった気がして、はちょっぴり後悔した。 だがバーナビーの嬉しさと寂しさが混ざったような顔を見て、言ったのは間違いではないともは思う。
『…僕も貴女に会いたくてたまりません』
「じゃあ、同じだね」
『そうですね』
そう言ってくすくすと笑い合っていると、不意にバーナビーが別の方向を向いて今行きます、と言った。どうやら誰かに呼ばれたらしい。
『すみません、それじゃあ』
「バニーちゃん」
『はい?』
「いってらっしゃい」
『…はい、いってきます』
ぷつり、と電話が切れる。交番にはまた静寂が訪れたが、がバーナビーとの会話で暖かくなった心を感じるのには、ほどよい静けさであった。
誕生日のこともちゃんと考えなければいけないけれど、それより今は、いつバーナビーと会えそうか把握したほうがいいような気がした。 それによって、がバーナビーに誕生日祝いとしてできることも変わってくる。
は再度壁掛けのカレンダーを見た。明後日は休みだから、午後は街をふらついてプレゼントでも探そう。 夜都合がつけば、バーナビーに会えたらいいな、そう思いながら。
「ちょっと早いけど、はい」
あれから運のいいことに、バーナビーの誕生日前日にの休みとバーナビーの余裕がとれる時間が重なった。
バーナビーの自宅で食事を共にして、いつもならまったりと過ごしているひとときは、今日のには緊張の一瞬であった。
小さな手提げの紙袋をPCの前に座るバーナビーに向かって差し出すと、バーナビーは僅かに目を丸くしながらおずおずとそれを受け取る。
「誕生日プレゼント」
「…ありがとうございます、」
顔を綻ばせながら言うバーナビーが、「開けてもいいですか」と椅子に座ったまま、立った状態のにやや上目遣いで尋ねてくる。
いいよ、とが返すと手提げから細長い箱を取り出して、丁寧に包装紙を外し始めた。
こういう類のラッピングを取るときというのは、かなり性格が出る。 はそんなようなことを頭の隅に浮かべながら、バーナビーが喜びますように、と心の中で念じた。
やがて姿を現したそれを、入っている箱ごとバーナビーは自分の目線の高さまで持ち上げてしげしげと眺める。
「…箸? ですか?」
「…うん、私が使ってるの見て、欲しいって言ってたでしょ。…持てるようになるまで、ちょっと手こずるかもしんないけど。…どうかな?」
バーナビーはまるで初めて見る物のようにがやった箸をしばらく見つめてから、の方を向いてふわりと微笑んだ。
「…ありがとうございます。大切にしますね」
喜んで、もらえたようだ。
何分プレゼントをきちんと渡したこともほとんどないは、こういうときどう返すべきなのかいまいちわからなくて、笑って応えるほかなかった。
嬉しい、けれどどこか気恥ずかしいような、そんな感じ。
「その、」と続いたバーナビーの言葉に、ははっとして耳を傾ける。
「…使い方も、貴女が教えてくれたら、とても嬉しいです」
「………断ると思う?」
「…いいえ」
はふふ、とバーナビーの目を見て笑ってから、たまらなくなってバーナビーに抱きついた。
彼は少しだけ驚いたあと、持っていた箸をデスクの上に置いて、の背中に腕を回す。
「おめでとうは、日付けが変わってからちゃんと言うね」
「はい」
「ケーキも買ってあるから、後で食べよ?」
「はい」
まだまだ伝えきれないバーナビーへの想いが、の中でぐるぐると渦巻いていた。落ち着かせるように、ぎゅっとバーナビーを抱き締める腕に力を込める。
好きな人の誕生日というのは、祝う側の自分もこんなに嬉しくなるものなのだと、初めての感情に笑顔にならずにいられない。
はバーナビーのこめかみにキスをひとつ落とすと、彼の肩にもたれかかるように顔を寄せた。
(誕生日おめでとうって、生まれてきてくれてありがとうって、後でちゃんと、伝えるから)
でも箸をプレゼントすることの意味までは、当分伝えなくてもいいかな、なんて思いながら、はバーナビーからのキスを受け止めた。