※おゆ先生作の「オーケストラを観に行こう」の続きっぽい時系列(単体でも読めます)
※香りの文字書きワードパレット(@sashukaet3et様)より
 Iジャスミン「夜」「華やか」「官能」















一線、というものが目に見えるのだとするならば、今まさに自分の目の前に引かれているのだろう、と思った。


"一線"が、なんとなく目に見えたこと自体は、初めてではない。
たとえばヒーローTVのMVP表彰式。
ポイントのランキング表の罫線のような単純なものから、MVPであるキングオブヒーローを称えるための表彰台のその一段。
何事も後ろを向いてしまいがちな自分からすると、「一線を画される」と感じることは人生において少なからずあった。
アカデミー生だったとき、勇気と能力の活かし方を知っていてヒーロー然としていた親友に相対するときもまた――僕の前には"一線"が存在していたように思うし、自ら「一線を引いていた」のだとも思う。
エドワードと再会した件の事件以降、自分なりにヒーローとしての本来の活動にも真剣に向き合うようになってからは、その一線は徐々に薄れてきている――と思いたい。
それが真実であるかどうかは別にして、職業そのものは警察と並んで市内の治安維持の第一線である、といった称され方もする。
警察という職種の間にも、ヒーロー内においても別の一線は存在するが、自分が"一線"に並べられているというのもまたひとつの事実であった。


しかし今、僕が目にしている(と思っている)"一線"は、そのどれとも違うものだった。


つとめて冷静になろうとし、事の発端はいつだったかとキャパシティぎりぎりの混乱している頭で考える。
あれは確か、僕が最近ダーツバーに通い始めたことをちゃんに話したのがはじまりだった気がする。

――いや、事の発端というにはすこし違うけれど、その前にトレーニングルームでファイヤーエンブレムさんと話したときからここまで、一連の出来事は繋がっていたのかもしれないとさえ思う。
初めて僕からちゃんをデートに誘ったときのあらましを報告した(正確に言うならばさせられた)後、嬉々としてブルーローズさんとドラゴンキッドさんが離れていったタイミングで、かの人に肩組みをされる形で捕まったあのとき。

「…で、結局どこまでいったの、アンタ達」
「え? あの、だからドラゴンキッドさんが持ってきてくれたチラシの…」
「バッカ違うわよ。そんなのはさっきの話でわかってるから」

出だしは、たしかこんな感じだった。
彼女の質問の意図がその時点でわからず、頭の上にいくつか疑問符を浮かべていると、内緒話のように声を潜めて問われる。

「だから、どこまで進展したのかってコ・ト?」

そうして語尾におまけのリップ音まで放たれては嫌でも意味を理解してしまい、手にしていたペットボトルをぼとりと落とす。
幸いキャップは閉まっていたため床に中身をこぼすことはなかったが、ボトルの肩の部分が派手に凹んだようだった。
錆びついた人形がぎこちなく動くかのごとくゆっくりとファイヤーさんを振り返り、水面から顔を出した魚に負けないくらい口をはくはくと開閉するほかなかった。

「ど、どこまでって、その、あの」
「あ、別に喋らなくてもいいわよ。当てるから」

手は繋いだ? ハグは? キスも?
矢継ぎ早に繰り出される質問にただ慌てふためいていただけのつもりだったのだが、続いた"その先"を耳にした瞬間の固まり方を見て、ファイヤーさんは全てを察したらしい。
ふぅん、と楽しげにもらした後に、僕がさっき落としていびつになってしまったペットボトルを拾い上げ差し出しながら言った。

「アンタにしては思ったよりも進んでるじゃない。でもあと一歩踏み出せないってトコ?」

毎度のことだけど。頬に手を当て、少し呆れながら言うファイヤーさんに返す言葉がない。
どう返すべきか考えあぐねていると、沈黙は肯定とみなしたのか、それとも何かを悟ったのか、諦めに似た溜め息を零してこう僕に告げる。

「…ホントに大事に思ってんのね」
「…はい」

僕がそのときのファイヤーさんとの会話で、ハッキリと返せたのはその問いだけだった。
それだけは、何においても揺るぎのない事実としていつも思っていることだから。
ちゃんのことが好きで堪らなくて、そっと手を握って思いを交わし合えるだけで幸せで、この上なく満たされる。それで充分なのだと思ってしまう。
シロツメクサがたくさん敷き詰められた草むらの上で互いの幸福を願い合ったときみたいに、野外シネマを見る前にレジャーシートの上から天に向かって叫んだときみたいに。
小さな幸せが積み重なるだけでいいはずなのに、"その先"を望んでしまうことの、知ってしまうことへの漠然とした恐怖。
僕と彼女の関係性に、なにか変化が生じるのではないかという恐れ。
やっぱり僕は僕自身も彼女も傷つかせたくなくて、またこうして二の足を踏んでしまう。


しかしというか何というか、昼間にそんな話をしたからなのか、その晩に見たのはちゃんの夢だった。

どこともわからない暗がりの部屋のベッドの上に仰向けで横たわる彼女。
以前急に家を訪ねたときに一瞬だけ見た、部屋着と思しき薄手のカーディガンがはだけ、キャミソールの紐が中途半端に引っかかる白い肩が闇の中で浮かび上がっている。
力なく投げ出されていたはずの腕がゆらりとどこかなまめかしく動き、ちゃんの上に覆い被さるように四つん這いになっている僕の首の後ろに回って引き寄せられた。
必然的に近くなる距離だったが、いつも彼女からほのかに香る果物のような、あるいは花のような甘い香りはせず、また触れ合う肌の感覚も朧げだ。

「イワン」

そっと囁かれた自身の名に、ぶわりと肌が粟立ったような感覚がした矢先、


――――目が覚めた。


夢の延長でばくばくと激しく脈打つ鼓動が自身の胸を突き破らんばかりに鳴り続けている。
見慣れた自室の板張りの天井。布団からはみ出た腕に触れる畳。
夢だと気付いた瞬間にどっと汗が吹き出したのか、横たわっている敷布団が湿っていた。
穢したくない、傷つけたくないと思いながら僕は、僕はなんて夢を!
どうしようもない罪悪感に苛まれて両手で顔を覆えば、例に漏れず手のひらもじとりとしていて気持ち悪い。

「はぁ〜…………」

誰に見られるでもない一人きりの部屋のはずなのにやけに居た堪れなくなり、ごめんなさい…と口からこぼれ出た。





その翌日、僕が最近訪れるようになったダーツバーにちゃんと2人で向かう予定だったので、夕暮れどきのシルバーステージの公園で待ち合わせをした。
ほどなくしてやって来たちゃんの顔を後ろめたさからまともに見れずにいたら、「なんか隠してる?」と訝しげに見上げられる。
けれど君のあられもない夢を見ました、と出てきた張本人に告げるわけにもゆかず、理由を添えられぬまま違うとだけ懸命に否定することしかできない。
見定めるような視線を投げ続ける彼女が「ホントに違うっていうなら目見て」と言うので、意を決して言われた通りちゃんを見た。
そこにはちゃんの磨き上げられた黒曜石みたいな瞳がじっと僕を見据えていて、心の奥まで見透かされるかのようで、自分の中に潜在的にあった欲望だけは見つかってしまいませんようにと願うほかない。
やがて眼差しをやわらげたちゃんは、満足げににっこりと笑って言った。

「イワン、顔真っ赤」
「えっ!?」

いたずらっ子のように笑うちゃんの顔に、僕が知らず知らずのうちに抱えていたやましい思惑がばれていないことに内心安堵する。
指摘されてから気付いた頬の熱さも冷めやらないうちに、「じゃあ行こ!」と至極楽しそうに差し出された彼女の手をそっと取った。


バーに行く前に立ち寄ったチェーン店のレストランを出る頃にはすっかり日も暮れて、太陽の代わりとばかりに輝くライトやネオンが溢れる街を二人で歩く。
2回も連続で夜の時間帯にデートするだなんてこれまでの僕たちを思うと背伸びしすぎたようにも思ったけれど、手を繋ぐ彼女が昼も夜もなくにこにこと周りを照らさんばかりに笑うので、杞憂かと結論づけて歩を進めた。

シルバーとブロンズを繋ぐ下りモノレールの駅近くにあるダーツバーは、ブロンズステージで暮らす自分にとっても行きやすい場所だ。
バーテンダーのワイアットおじさんとは通ううち顔見知り程度になってきたので、挨拶を軽く交わしてカウンターへと腰を落ち着けることにした。

「やあ、今日は彼女連れかい」
「あ、えと…はい」
「お嬢さん、飲み物は?」
「とりあえずお茶にしようかなぁ。イワンは?」
「じゃあ、僕も」

華やかな名前のカクテルがずらりと並ぶメニューで真っ先にソフトドリンクの欄に目を向けながら、今日はジャスミン茶の気分、とこぼしながらやけにうきうきとしているちゃんの横顔を見て、そばでそれを見ていられる小さな幸福にまた胸があたたかくなる。
ファイヤーさんは次の進展を期待しているようだけれど、僕は今みたいに平穏の中にあるささやかな幸せを見つけ出す今を、もうすこし長く続けていたいのだった。
そう、僕も彼女も仕事で急に呼び出されることのない、今日みたいな平和な夜が続けば、それで。


――その、はずだったのだが。
数ゲーム終えた後、僕が一瞬だけ席を外して戻ってきてみれば、ちゃんは見たこともないくらいふわふわと地に足のつかないようすで僕にやたら多く手を振っている。
「おかえりぃ〜」
呂律もややおぼつかない上に、薄く桃色に上気した頬。彼女がこうなるのは初めてだが、似たような事例には同僚などでも覚えがあり、彼女が手にしていたグラスをそっと取り上げ顔を寄せる。
色は最初に飲んでいたジャスミン茶そのもの、より心なしか薄い気もするが、鼻を刺激するアルコールの匂いに目を瞠った。

「こ、これお酒入ってるじゃないですか!」

バーなのだから場所柄おかしなことではないのだが、彼女が選んだものでないことに抗議するつもりでワイアットさんに声をかけるが、特に重大なこととは受け止めていないのか軽い苦笑いを返される。

「え? いやあ、オーダーは合ってたと思うんだけどな。悪い悪い」

その生返事を受け止めている間、ちゃんは取り上げられたグラスを取り戻したいのかそれとも身体を自力で支えるのが心許ないのか、僕の二の腕にすがるように掴まってきた。
そうして距離が近くなると必然的に香るあの赤い果実みたいな甘酸っぱい香りと、吐息に混じるアルコール臭。
そのミスマッチさと華奢な身体の感触をありありと受け止めてしまい、思考回路が明滅するかのように忙しない。

「イワン」
「何!?」
「あつい。服脱いでいい?」
「ダメに決まってるでしょ!?!?」

なんで? 誰にも迷惑かけないのに!
聞き分けのない子どもに戻ってしまったかのごとく駄々をこねる彼女に適切に対処する方法がわからず、半ばパニックになっていると、さすがに見かねたらしいワイアットさんが「タクシー呼ぶか?」と助け船を出してくれる。
どうどう、あやすようにちゃんの背を軽く手のひらでさすりながら、ありがたくその申し出を全面的に受け入れることにした。



茶色いレンガ造りのアパートは、街頭のオレンジがかった光に照らされて夜の街に佇んでいる。
未だ"見慣れた"とは言い難いくらいにしか来ていない彼女が住むアパートの階段を、タクシーに揺られるうち眠たくなってしまったらしいちゃんに肩を貸しながらなんとか上った。
3階にある彼女の部屋の前で「鍵出せる?」とそっと呼びかけると、ちゃんは小さめのショルダーバッグに手を突っ込み、んー、これでもない、と何度か唸るように言って探り当てた鍵を「あったー」と高々に掲げた。
宝物を見せびらかす小さな子どものような仕草に思わず笑みが零れる。
借りるね、と前置いてちゃんに代わり部屋の鍵を開け2人揃って部屋に足を踏み入れた。
この間訪れたときと何ら変わらないちゃんの部屋。
明かりがついていなかったが、そう広くもなく記憶にも新しかったので記憶を頼りにそのままベッドへ向かった。

まずはまどろみかけているちゃんをベッドに寝かせてからその後の対処を考えよう、と彼女を横たえる。
ブラウスの襟元に引っかかるシフォン素材のリボンタイだけ寝るとき呼吸の妨げにならないようにと、震える手で抜き取ってサイドテーブルに折り畳んで置いた。
一番上のボタンはもともと開いていたので、一旦そのままにして玄関の鍵を閉めに入ってきたドアへ向かう。
介抱が終わったあと帰るにせよ帰らないにせよ、それなりに治安の悪いブロンズ地区で鍵が開けっ放しな時間は少なければ少ないほど良い。
ガチャリという施錠の音の背後で、衣ずれのような微かな音を聞き取って、まさかと思い恐る恐るベッドのほうを振り返れば、放り投げられたブラウスが床に落ちるまさにその瞬間だった。
全て脱がれてはたまらないと慌てて彼女のもとへ戻ると、元々着ていたショートパンツとインナーのキャミソールだけになった姿のちゃんが横たわったままじっと僕を見つめている。
そんな恰好では風邪を引いてしまうと何かかけるものを探して彷徨わせた手を掴まれ、バランスを崩した勢いのままに引っ張り込まれた。
咄嗟のことながら彼女の上に倒れてしまわないようにと腕に力を込め――スプリングの軋みが落ち着いたころにハッとする。

ついこの間の、夢と同じ。

蜃気楼のように揺らぐ熱に濡れた瞳が、四つん這いで覆いかぶさる形になった僕を物言いたげに見上げている。
心許なく肩に引っかかるキャミソールの紐と、お酒の影響か薄紅色がにじむ白い肌。
「イワン、」
いつもは澄んでいる彼女の声が掠れた調子で自身の名を呼ぶ響きが官能的で、心臓がどくりと音をたてた。

一線というものが目に見えて存在するならば、今まさに自分の目の前にあるのだろうと思った。
恋人として次に越える一線。越えてしまいたいと――潜在的に思っていたであろう一線。


気温が暑いわけでも、お酒を飲んだわけでもないのに瞬間的に顔に熱が昇る。
ちゃんの指先がそっと僕の頬に触れ、同じくらい熱くなった手のひらが頬をやわらかに包んだ。
これまでに至る状況を思い返しながらも、この場における行動の最適解が何であるかを回らない頭で考える。

踏み出せていないあと一歩。その先の二人の関係性。
傷つけたくない大事な、何よりも大事だと胸を張って言える彼女の存在。
そうして導き出したのは、いたってシンプルな答え。
僕はその答えに従って、頬に触れたちゃんの手を掴んで頬からそっと外した。

「…なんで?」

まるで泣きそうにも聞こえる震えた声音で問われた言葉に返す代わりに、ちゃんの頭を撫でてやる。
その結果やってきた眠気に抗えないのか、彼女は小さく身じろいで「ん…」と息を漏らした。
やがてちゃんの呼吸が規則正しい寝息へと変化していったのを見計らって、彼女の前頭部のあたりを往復させていた手を止める。

「…大事だから。ちゃんとしたいから」

お酒に流されてするべきではない。
眠りに落ちてもう聞こえてはいないだろうちゃんへ遅れて答えを返してみた。
すやすやと眠るその顔はどこかあどけなくて、自身よりも年下だと勝手に勘違いしていた出会った頃を思い出す。
気付けばあれから2年が経とうとしていて、知れずひとりで育んでいたはずの想いを通わせるまでになったなんて、あの頃の僕が知ったら何と言うだろう。
にわかに信じられない、とさぞ驚くだろうな。
色んなものに一線を引いていた頃の僕からしたら、今のようにヒーロー然として活躍するようになることも信じられないくらいだから。
好きになった女の子に片思いして諦められずに1年半以上も思い続けること自体想像できないかもしれない。

懐かしむようにちゃんを眺めてから、今日はこれで帰ろうと身体を起こそうとすると、頭を撫でていたほうと逆の手ががっちりとちゃんの細い指に捕らえられていたことに気付く。
ついさっきまで2人で街を歩いていたときよりも隙間なくぴったりと繋がれていて、どうにもほどけそうにない。
離したら起きてしまうかもという心配もあったが、無理やり離そうという気にもなれなくて、またひとつ別の覚悟を決める必要に迫られた。

本当に、ちゃんにはいつまで経ってもかないそうにない。





――翌朝、窓から差し込む陽の光の眩しさで目を覚ました。
カーテンも閉めないままだったのか、と昨晩の反省をしつつ、ベッドに頭と腕を預けていた体勢から起き上がる。
慣れない姿勢で寝てしまっていたから体が痛い、と伸びをひとつすると、掛け布団を抱き枕みたいに抱きしめて横になっているちゃんと目が合った。

「…えーと、おはよう?」
「お、おはよう……」

繋がれたままの手をちらりと見やって照れくさそうにはにかむちゃんのキャミソールから伸びる腕が朝の光のなかでやけにまぶしく見え、見てはいけないものを見てしまったようで思わず視線をそらす。

「イワン、昨日…」
「ち、誓ってなにもしてないから!!!」

問いを遮るように弁明すれば、「そんな必死に言わなくても」とちゃんは困ったように笑った。
曰く、少し前に目を覚まし、ベッドの淵で自身の手を握ったままうずくまっている僕を見てだいたい悟ったらしい。

「なんか、ごめんね? 迷惑かけて」
「い、いや…。あ、お、お水とか飲む?」
「うん、そうしようかな」

ベッドからのそりと起きあがろうとするちゃんを「僕が取ってくるよ」と制しながら立ち上がる。
彼女はへにゃりと笑ってありがと、と小さく礼を言って寝起きで乱れた髪に手櫛を通した。
キッチンにある冷蔵庫へと向かい、水の入ったラベルのない瓶を取り出してキッチン台へと置いた頃、スリッパがぺたぺた鳴る音が背後から聞こえてくる。
眠たげな目をこすりながら近づいてくるさまは寝顔同様あどけない子どものようであるのに、寝ていたときの服装にカーディガンを羽織っただけの薄着はきわどさの方が勝っていてアンバランスだった。
心臓がいくらあっても足りないと見ないようにしてキャビネットからガラスのコップをふたつ手に取る。
水のボトルと同じようにキッチン台へと置こうとした瞬間、背中へとやわらかな衝撃がぶつかった。
歩いてきたちゃんが後ろから抱きついてきたのだと理解するまでにそう時間はかからなくて、衝撃とその事実への驚愕からコップを取り落としそうになるのをぐっとこらえる。
昨晩消化しきれなかった熱がぶり返してくるかのようにじわじわと身体をむしばんでいくのを感じて、
ちゃん。
背後の彼女をたしなめるように、かつ僕自身も含めてなだめるように、声を絞り出して名前を呼ぶ。

けれどちゃんはそれを聞き入れるどころかむしろ反抗するかのように僕の腰に回した腕に力を込め、

あまつさえ――耳朶をくすぐるかのようにそっと耳打ちした。


「…次は何かしてもいいからね?」


その言葉の衝撃さといったら先程の比ではなく、気付いた頃には手から滑り落ちていたコップがシンクでガシャンと派手な音を立てて砕け散る。
直後、2人分の「ああ―――っ!!!」という大きな悲鳴が早朝のアパートの一室にこだまして、雰囲気も何もかもをぶち壊す叫びの揃いっぷりに、僕もちゃんも顔を見合わせて笑うしかないのだった。